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Optical Glass House — 光とやすらぎをまとう都市の住まい(広島市)

Optical Glass House — 光とやすらぎをまとう都市の住まい(広島市)

私の好きな建築家「中村拓志」氏の住宅建築の代表作をご紹介します。

 

概要 / 背景

所在地:広島市中心部(市街地)
設計者:中村拓志(所属:NAP建築設計事務所)
竣工:2012年10月
用途:住宅(個人住宅)
敷地面積/延床面積:約 244 m²/約 385 m²

市街地の高層ビルや交通量の多い道路、さらには路面電車が行き交う騒がしい環境の中で、「住まいにおける静寂とプライバシーを確保しながらも、自然のリズムや光の変化、都市の気配を感じられる空間」を作る──そんな挑戦から、この住宅は生まれました。

ぜひ動画をご覧ください。都会の住宅でありながら、「日々の光の変化」「風の流れ」「雨音」「水の揺らぎ」が感じられると思います。

 

 

 

デザインコンセプト:内と外をゆるやかに/光と季節をまとう庭

この建築の中核となっているのが、「庭」と「光学ガラスのファサード」による“フィルター空間”の概念。

道路に面する側には、まず“前庭”と“ガラスの壁”を設けることで、外の喧騒や視線を遮断。
そのガラス壁の向こうに“庭 (中庭的な緑の空間)”を置き、家のどの部屋からもその庭を眺められるようにする――これにより、都市の中に“静かな自然のオアシス”をつくり出しています。
都会の住宅でありながら、日々の“光の変化”、雨音、水の揺らぎ、季節の移ろい──自然とともにある暮らしを実現。

設計者である中村氏は、「建築=コミュニケーションデザイン」と捉え、人と自然、人と都市、住まいとの関係性にこだわる設計を行っており、この家もその哲学に則ったものといえます。

 

 

 

光学ガラスファサード ― 技術と挑戦

この家の“顔”であり、もっとも特徴的な構成要素が「光学ガラスブロック」による大きなファサード。以下、その技術的な挑戦と仕組みです。
用いられたのは約 6,000 個のガラスブロック。それぞれのサイズは 50 mm × 235 mm × 50 mm。
素材は、いわゆる「光学ガラス (ホウケイ酸ガラス)」。非常に高い透明性をもつガラスを、キャスト(鋳込み)によって成形。ガラス内部の残留応力を除去するため、緩やかな除冷が必要であり、かつ寸法精度も厳しく求められる非常に難易度の高い工程だったといいます。

これだけの数のガラスを使った「壁」は、自立構造としては成り立たないため、特殊な構造手法が用いられました。具体的には、建物上部の梁から 75本のステンレス製ボルト を吊し、それにガラスブロックをストリング(吊るす)方式で構成。さらに 水平のステンレス製フラットバー (40 mm × 4 mm) を、10cm 間隔でガラスブロックに埋め込むことで、地震などの横揺れにも耐えうる構造が確保されています。
このファサード全体の重量はおよそ 13トン に達すると言われています。
結果として、「滝のように光が流れ、水を通したような透明感ある壁」が実現。都市の喧騒を遮断しつつ、光と影、季節や気配をやさしく家の内へ取り込む、“フィルター / シールド / スクリーニング”として機能しています。
このように、素材・構法・空間構成すべてにおいて徹底した設計思想と技術的チャレンジが注がれた住宅であることがわかります。

 

 

 

 

住まいとしての体験 ― 光と季節と都市の気配

この住宅がただ「美しい」だけでなく、「住まい」として機能し、人の暮らしに寄り添う設計になっているのは、以下のような暮らしの質へのこだわりゆえです。
朝、東からの陽光がガラスを通して屈折し、床や壁に美しい光の模様を描く。室内に居ながら、時間の流れ──朝から昼、夕暮れとともに移ろう光の変化を感じる。
雨の日には、水盤を兼ねたトップライトを通して、雨滴が落ちるたびに入り口の床に水紋を生む。都市の中でも自然の気配、水の音、湿気、温度──季節感を肌で感じられる。
庭の木々からの木漏れ日、風によって揺れる軽やかな金属製カーテン――それらが日常の中で、住まう人に“自然との共生”と“都市での静けさ”を同時に与えてくれる。
都会の中心にありながら、外部から遮断された“プライベートな庭と光のある空間”は、まるで別世界。「窓」としてのガラスではなく、「フィルター」「透過する壁」「光と風を取り込むスクリーン」として機能。住まう人にとって、五感で感じられる「住まいの豊かさ」をもたらしています。

 

 

 

 

 設計者について:中村拓志と NAP の思想

中村拓志は 1974年東京生まれ。1999年に大学院を修了し、同年より建築家としてのキャリアを始め、後にNAP建築設計事務所を設立。現在は、建築を「人と自然、人と都市、人と人をつなぐコミュニケーションのデザイン」と位置付けています。
彼の作品には、“光の質”“自然との対話”“敷地や地域の文脈への配慮”というテーマが一貫してあり、「住まいを通じて、人の感覚や時間の体験をデザインする」という姿勢が見られます。
“小さなふるまい (日々の生活) の積み重ねこそ豊かさの源泉”――という中村の言葉が、光や風や水を暮らしに取り込むこの住宅に、静かに、しかし深く反映されています。

 

 

 

 

総評 — 都市と自然、光と静けさをつなぐ「透明な壁」の家

Optical Glass House は、単なるモダンなガラス住宅ではなく―
都市の喧騒を「遮断」しながらも、光や風、水、季節の変化を「取り込む」ことで、都会にいながら自然と時間の移ろいを感じられる“静寂の庭付き住宅”を実現しています。
限られた敷地、過密な都市、騒音やプライバシーの問題――普通なら妥協しがちな条件を、ガラスと緻密な構造、そして「光と時間のデザイン」というコンセプトで昇華させた建築。

都市に暮らす現代人にとって、「住宅とは何か」「居住とは何か」を再考させられる、非常に示唆的な作品だと思います。

 

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