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室内と庭の境界線を無くす — 葦垣の家(Lath House)の魅力
室内と庭の境界線を無くす — 葦垣の家(Lath House)の魅力
はじめに:庭と暮らしを渦巻状につなぐ「道行」とは
私の好きな建築家:中村拓志+NAP建築設計事務所が手掛けた「葦垣の家(Lath House)」は、日本の伝統的な表現形式 道行(みちゆき) を建築の中心思想に据えた住宅をご紹介いたします。
Hiroshi Nakamura & NAP|中村拓志&NAP建築設計事務所
道行とは、歩みながら風景や庭を巡る「経路としての体験」を重視する手法。能の演出や古典文学の旅情にも通じる、時間と空間の重層的な体験を住宅に取り入れているのが特徴です。室内と庭の境界線をあいまいにする設計や、動線、築山・・・本当に勉強になります。
設計コンセプト:渦巻きの庭と築山を軸に
敷地は 西から東に下る傾斜地 であり、それを活かして建物配置を設計。
家の中心には 築山(小さな山) を設け、庭のランドマークとすると同時に、光の反射装置として機能させています。中村氏らは、京都・慈照寺(銀閣寺)の「銀沙灘(白砂盛土)」になぞらえ、この山を「太陽光の反射・分配装置」として設計。
家族や来客が、庭の要素(石、葦垣、松など)を順に巡る導線を「方形渦巻(スクエア・スパイラル)」としてレイアウト。これにより、プライベートとパブリックを自然に行き来できる場をつくり出しています。
Hiroshi Nakamura & NAP|中村拓志&NAP建築設計事務所
空間の体験:歩く、巡る、出かける・帰る
入口からの道行
北側の道路から訪問者は入り、最初に 錆石(さびいし) と 葦垣(よしがき) が緑越しにちらりと見えるアプローチを辿ります。

「君待つ」の松が迎えるように配置され、亀石(かめいし)が道の方向を示すなど、石のしつらえが舞台のように演出されています。
内部へと導く橋掛かり
右折すると小さな橋掛かりが現れ、そこから築山の緑光が木壁に映り、葦垣の影が揺らぎます。
LDK(リビング・ダイニング・キッチン)
橋を抜けると、漆喰壁(こて塗り模様)と井戸見窓(低めの窓)が迎えます。そこを曲がると、吹き抜けのような広縁空間が広がるLDK。
築山の柔らかな盛土が午後の日光を反射し、室内にやさしい緑光を取り込む設計です。外壁の漆喰壁が開放的な建具を挟んで室内へ続きます。天井の格子も軒へと繋がり、室内と庭との一体感が素敵な空間を演出しています。
左側に丸みを帯びたヌックがとても良いアクセントになっています。
庭の一部としてのリビング
LDKは「半屋外」のような感覚を持ち、リビングは庭の斜面を取り込んだような空間。子どもたちが築山の斜面で遊ぶことも想定されており、家族が自然と触れ合える構成です。
リビングの奥には葦垣が設えられており、障子の前の下地窓のような役割を果たしています。これにより視線の柔らかな仕切りが生まれ、プライベートな空間への移行を穏やかに導きます。
渦巻きの動線
出かけるときには築山を中心に 左折を繰り返す 外巻きの動線が背中を軽く押すような力を与え、帰宅時は 右折を繰り返して内側へと入る 渦巻きの動線が、貝殻のように内に包まれる安心感を生みます。
2階との関係性
百日紅(さるすべり)の位置を活かした階段設計や、築山のおかげで2階と庭の距離が近くなるような配置も取り入れられており、立体的な庭体験が可能です。
デザインと素材:自然との共鳴
漆喰壁:外から内へとつながる壁。光と影、質感が時間とともに変化。
垂木(たるき):屋根構造の垂木が白い構造壁から突き出すように見え、まるで半屋外の縁側のような表情。
築山の盛土:緑の盛り土は単なるランドスケープではなく、光を取り込んで室内に反射させる「光の装置」。
葦垣(よしがき):自然素材による目隠しかつ視線の緩やかな仕切り。プライバシーと開放感を両立。
建築家・中村拓志の思想とのつながり
中村氏は 「微視的設計」 のアプローチを信条としており、人や自然、土地との有機的な関係を細やかに設計することを重視しています。
また、彼は建築家が主役ではなく、「その場所(敷地)」や「使う人」が主役であるという考えを持っており、既存の風土や文化、使い手に敬意を払いながらデザインを行います。
葦垣の家はまさにその思想を体現した作品。地形、光、素材、身体(人)がすべて渦巻きの動線で紡がれ、一体感を持った空間が創出されています。
「葦垣の家」は、庭と住まいの境界をあえてぼかすことで、暮らしをより豊かに、時間や自然との関係性を深く感じさせる住宅です。中村拓志氏の微視的な設計アプローチが、敷地の傾斜、光の移ろい、素材の質感、身体の動きを通じて見事に形になっており、単なる建築物ではなく 生きた場 として体験を提供してくれます。
現代の住宅ブログで「庭との一体感」「回遊動線」「伝統的表現の再解釈」といったテーマを取り上げたい場合、この家は非常に示唆に富んだ題材になるでしょう。