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「広島城天守 - 時代を超えて語り継がれる物語」閉城する広島城
「広島城天守 - 時代を超えて語り継がれる物語」閉城する広島城
先日の休日、午後から天候が回復したので、かねてより妻が行きたがっていた**広島城**へ出かけてきました。
2026年3月22日で閉城が予定されているとあって、平日にもかかわらず多くの観光客でにぎわっていました。

写真:3月22日で閉城する「広島城」
被爆と再建 ― 鉄筋コンクリート造の天守
広島城は、1589年に毛利輝元によって築城された平城です。太田川河口のデルタ地帯に築かれたことから、別名「鯉城(りじょう)」とも呼ばれ、広島の城下町発展の起点となりました。
しかし1945年8月6日、原子爆弾の投下により天守は倒壊・焼失。
現在の天守は1958年に鉄筋コンクリート造で外観復元されたものです。内部は歴史資料館として整備され、戦国時代から近代に至る広島の歴史を学べる施設として親しまれてきました。
現在は特別展示「戦国時代からの広島の歴史展」が開催されており、毛利氏・福島氏・浅野氏と続く広島藩の歩みや、城下町の発展の様子などを分かりやすく見ることができます。

写真:広島城ゆかりの日本刀

写真:広島城ゆかりの兜や鉄砲
なぜ閉城するのか?
今回の閉城は“廃止”ではなく、大規模改修に向けた一時閉館です。
主な理由は以下の通りです。
● 老朽化した鉄筋コンクリート造天守の耐震性向上
● 設備更新(空調・展示設備など)
● バリアフリー化の推進
より史実に近い展示へのリニューアル(※現在、新しい展示施設が建設中)
戦後復興の象徴でもあった現在の天守ですが、築後約70年が経過し、安全面や保存面での課題が出てきました。
これからの世代に広島の歴史を伝えていくための“次のステージ”への準備期間というわけです。

写真:周辺が一望できる天守閣の最上階
広島城が築かれたいきさつ
築城したのは中国地方の大名・毛利輝元。
それまで山城を拠点としていた毛利氏が、交通・経済の拠点として太田川河口を選び、新たな城と城下町を築きました。
この決断により、
● 瀬戸内海交易の拠点化
● 城下町の形成
● 広島という都市の基盤づくり
が進み、現在の広島市発展の礎が築かれました。
広島城は単なる観光名所ではなく、「広島という都市の原点」なのです。

写真:江戸時代?当時の地図
広島ゲートパークで過ごす穏やかな時間
城内をゆっくり見学した後は、すぐ近くの**広島ゲートパーク**へ。
芝生広場には家族連れや若者グループの姿。
私たちは**スターバックス**でラテをテイクアウトし、春のやわらかな日差しの中でひと休みしました。
飲食エリアも平日とは思えないほどの賑わい。
● 満席状態だったgood spoon
● フードコートに新しく出店していたカレーハウス ヘンテ
● スタバでカフェを飲みながらちょっと休憩
どのお店も活気があり、広島中心部の新しいにぎわいを感じました。
そんな何気ない休日が、実はとても豊かで贅沢な時間なのかもしれません。

写真:広島ゲートパークイベント広場

写真:人気のごはん屋さん「good spoon」

写真:先日ブログで紹介した「ヘンテのカレー」
失われるのではなく、未来へつなぐ閉城
「閉城」と聞くと少し寂しい響きがありますが、これは終わりではなく再出発。
戦国の世から原爆、そして復興を経てきた広島城は、また新たな姿で私たちの前に戻ってくるはずです。
2026年3月22日まで、あとわずか。
今の天守を見られるのは“今だけ”です。
ぜひ皆さんも、春の広島城を訪れてみてはいかがでしょうか。